2008年10月17日

いじめで統合失調症になるの?

 ちょっと、いや、かなりびっくりの記事を発見してしまいました。毎日新聞の記事です。

いじめ訴訟:二審も因果関係を認定「いじめで統合失調症に」−−広島高裁 /広島 10月16日17時2分配信 毎日新聞

 一部、引用します。
 広島市立中学校に通っていた当時、同級生4人から暴行などのいじめを受けて統合失調症になったとして、鳥取県内の男性(20)と両親が、生徒とその親、同市、広島県に対して慰謝料約2600万円などを求めた訴訟の控訴審判決が15日、広島高裁であった。磯尾正裁判長は「いじめ行為と統合失調症の発症との間に因果関係が認められる」などとして、慰謝料の支払いを命じた一審の広島地裁判決を支持した。

 ??? 訳がわかりません。いつの間に統合失調症の原因が特定されたんでしょうか? それも、まずあり得ないと言われていた心因であると。

 たぶん、それはないでしょうね。最近すっかり翻訳屋さん、塾の先生になっちゃって、勉強不足の感が否めない私ですが、そんな大きな科学的事実が解明されたのだったら、さすがにどこかで情報をキャッチしていそうなものです。

 正直、かなり混乱しています。

 この記事(記事は必ずしも事実を適切に反映していないという観点から、「この裁判」ではなく「この記事」と表記します。)はそのほかにツッコミどころ満載なのですが、その辺は置いときましょう。なぜこんな判決になってしまったのか、その理由が知りたいところです。誰か偉い人、教えてください。いやホントに。
posted by Yosh at 03:39| Comment(7) | つまみ食い心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
wikipediaには、
〜〜〜〜
日本において、一般の人が「ノイローゼ」と言う場合、神経症以外の多種多様な精神疾患のことも含んでいることが多い。例えばちょっと悩んでいる、という状態から、統合失調症のような重篤な精神疾患までもが「ノイローゼ」と呼ばれることがある。
〜〜〜〜
とのことなので、ノイローゼとして「総合失調症」と行ってる可能性もありますよね。
意図的な混同の可能性も大いにありますけど。
何にせよ、専門家がその場にいて欲しかったと思います……。
Posted by リエ at 2008年10月17日 15:03
確かにツッコミどころが……。

遺伝因子などの素因がある場合には、ときに保護などの観点から報道されないのかも、とか思ってみたり。
その上で、ストレスなどが誘引となって「因果関係」としたんだろうな、とか。
専門医(おそらく)とはいえ、器質性の病因でないものの確定診断ってどこまで科学的根拠があるのだろう、とか。
いじめと統合失調症の分離した慰謝料算定とか。

いろいろな思いつくことがありすぎる記事ですね。
その上で、これを書いた記者は、それらをどれだけ把握しているのだろうか、判決文からの文字の抽出箇所が必要で十分なんだろうかとか。
Posted by まこまこ at 2008年10月17日 19:23
>リエさん
 おっしゃるとおりで、専門家の見解がこの判決に影響していたらなぁと思います。この文章を額面通りとらえた限りでは、この判決はあり得ないものと言えるでしょうから。

 ただ、たぶん被害者の方は統合失調症なんだと思います。さすがに診断書などで確認しているでしょうから。

 被害に遭われたこと自体は大変気の毒ですが、誤った判決により市や県が慰謝料を支払うことになるとすれば困ったものです。

>まこまこさん
 やはりそう思われますよね。私も「誘因となった」ならわかるのですが、だとしても「発症に因果関係が認められる」というのとは大きな隔たりがあるように感じられます。

 結局、誰がおかしいのか。それが知りたいんですよね。
・私の知識(法的、医学的、この事件について)が足らないのか
・裁判の判決がおかしいのか
・記事のまとめ方がおかしいのか

 大変気になります。
Posted by Yosh at 2008年10月17日 20:59
 このニュース、僕も興味深く見ていました。

 僕も詳しいわけじゃないですが、まず第一に「医学的にはともかく、法的には責任を問われる」ことは大変多いです。有名どころでは原爆-C型肝炎訴訟があります。「被曝によって免疫系に障害が起き、C型肝炎に感染した可能性が否定できない」ため、原爆症として認定するように判決が下りました。

 ええ、普通に考えればムチャクチャです。医学どころか、もう自然科学全体が無視されているといっても過言じゃありません。

 しかし、「社会正義の実現のためのツールとして自然科学を用いない」というのは一つの考え方としてわかります。科学的に正しいことが社会として正しいかどうかは別問題です。
 もちろん、僕自身はこの考え方には大反対です。しかし、現実問題として、我々の社会は論理的、科学的思考で動く人間で構成されていません。感情的、直観的思考で動く人間で大部分が構成されていることは明らかです。
 したがって、そういった社会で行使されるべき社会正義は、自然科学にも社会科学にもとづかないのが自然です。もっと感情的で幼稚で原始的な、猿一歩手前の思考がふさわしいと考えられます。

 そういう意味では、まったくもって妥当な判決でしょう。僕が腹を立てるとすれば、毎回まるで科学的考証でもしたかのように判決文が書かれることでしょうか。そこは納得いきません。正直に「ぼくがわるいと思うから、わるいんだ」と書くべきです。

 実際には皆さんが言われているように昔から言われている「ストレス脆弱性モデル」が採用された、ということだと思います。私には、「誘因となった」と、「発症に因果関係が認められる」との間に隔たりがあるとは思いません。むしろ二つの言葉の間の相違がわかりません。何が違うのでしょう?
Posted by Tz at 2008年10月23日 13:37
 いやー、シニカルですねー。イヤな達観の仕方というか。ちなみに私は、これで広島県と広島市が不要な出費をするのが嫌だなぁと思っています。

 「誘因」と「因果関係」との違いについては、「きっかけ」と「原因」との違いに相当すると思います。「あのときのケンカがきっかけで、離婚することになった。」という場合、そのケンカに離婚原因があるわけではないですよね。今回の件に限らず、裁判などの場面では単純論理ではなく、そういう意図で「因果関係」という言葉遣いをしているかと思います。「因果関係が“多少は、ある程度、あるいはそこそこ”認められる」という意味でこの言葉が使われているようにはとても思えないです。

 だとすればこれは「発症の原因はいじめが100%である」という意味にすり替わってしまいます。そして、それが元で慰謝料の算定が行われてしまうわけで、そこがどうもなぁ……と思うのですよ。
Posted by Yosh at 2008年10月24日 14:59
>シニカル
 えと、まぁ自分が気にくわない思想にはどうしても厭味な言い方になってしまいますよね。でも気に食わないからって否定するべき思想でもないような気がします。
 僕が受け入れやすいところでいえば、以前の光市母子殺害事件の最高裁判決で「著しく正義に反する」という文言がありましたよね。もう、論理超越。メチャ悪いから死刑。
 刑事事件と民事事件、事実認定と量刑判断の差はありますけどね。法律の素人としては、こういう風に社会正義と現実の隙間を埋めるために人間を使用しているわけで、逆にそうでなきゃ万能ならぬ一人の人間、もしくは一握りの人間に、人の生老病死の因果関係を判断させるのは著しく非論理的なことだろうと思うのです。
 我々が神を殺したときから負った業というやつでしょう。
 だから、メチャ反対というわけじゃないんです。本当に。

>「発症の原因はいじめが100%である」という意味にすり替わってしまいます

 なるほど、そこらへんにニュアンスがあるのですね。法って難しいですね。今回の判決、別方向の論理から賠償額は一審より減ったようですね。行動心理学張りに、中身を無視して入力と結果のみを受け入れればいいんじゃないかしら、と思うのは僕がテッキーだからでしょうか。
Posted by Tz at 2008年10月26日 13:40
 裁判って素人目からするとおかしく見えるところがたくさんありますよね。まあ専門的に勉強してみたら、その辺が実はおかしくなかったり、やむを得なかったりするのがわかるのかもしれませんが。

 なんとなくいろいろ思うところがあるのだろうなと感じさせる、深みのあるコメントを戴けて大変感謝しています。私がこの記事を書いた動機があまりにみみっちい(慰謝料として県や市の税金が私がおかしいと感じる用途に使われるのがなんかイヤ)のとは対照的で、その辺ちょっと苦笑いしてますけどね。
Posted by Yosh at 2008年10月27日 05:34
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